2010/11/17

ジンギスカン考

自分は生まれこそ広島市内だが、

育ちは山口県岩国市。
それも、今でこそ岩国市になった
中国山地の山間。

そこで両親が本業の傍ら、
夏の間だけの飲食店を開いていた。
山の中の小川から竹の樋で水をひいた
そうめん流しに川魚料理、
それとジンギスカンがメニューだった。
そのジンギスカンは丸いロールマトンを
ジンギスカン鍋で焼き、
ニンニクや生姜を利かせた
醤油ダレで食べるスタイルだった。
自分にとってはジンギスカンは「鍋」ではなく「焼き」だった。

話は変わって、西原理恵子さんのご主人の
カモちゃんこと、故・鴨志田穣さん。
北海道出身の鴨志田さんにとっては
ジンギスカンはソウルフードらしく、
西原さんとの共著「ばらっちからカモメール」の中で
熱く語っている。

 「札幌などでは生で出だす店が急に多くなり、
 努力しているのかいないのか、
 名の知れた店以外は全て同じような味しか出さない。
 札幌へ行くたびにジンギスカンを食べ、いつも、
 『ああ、つまらない味だなあ』とがっかりする。
 小さな町の温泉場は、生ラム流行の時代にたれに
 漬けた味で勝負していたのだ。
 昔ながらのジンギスカンを食べてみた。
 どこかなつかしく、安っぽい、甘い味付けのマトンであった。
 北海道ジンギスカンと言えば“松尾”のジンギスカンである。」
 「しばらくすると世の中に“ホットプレート”が登場した。
 アレで焼く松尾のまずい事といったらなかった。
 温度が低いので煮マトンになってしまう。」
        (「ばらっちからカモメール」スターツ出版 P225-227)

これら二つの事柄を前提とすると、
自分的なジンギスカンは“ラム”を“煮る”ものではなく
“マトン”を“焼く”ものとなる。
そして、鴨ちゃんが書いている
「松尾のジンギスカン」こそ
自分のジンギスカンの原体験を
再現してくれるものだろうと期待していた。

そして、先月の札幌出張。
新千歳空港の中に松尾のジンギスカンを
出すお店「まつじん」があると分かり、
期待に胸を膨らませながら店に赴いてみた。
メニューにマトンが見あたらなかったため、
特上ラムジンギスカンをオーダー。
ついにあの「松尾のジンギスカン」が食べられると
ドキドキしながら待っていた。

そして、テーブルに出てきたのがこれ↓。
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写真では分からないだろうけど、
ちょっとのニンジン・タマネギ、
どっさりのモヤシ、そしてラム肉。
肉から出た脂とタレで野菜に火を通しつつ、
味を付けるための
ジンギスカンの鍋のあの形のはずなのに、
10代とおぼしき女性店員はおもむろに
ポットに入った割り下のようなタレを
モヤシにかけた。

ラム肉は鍋の頂上部に配置されていたために、
肉に直接タレがかかることはなかったものの、
タレの水蒸気で頂上部にある肉は
瞬く間に“蒸しラム”になってしまった。
これは期待した自分のジンギスカン
の原体験とはまったく違うもので、
むしろ鴨ちゃんがダメだししていた
“煮マトン”に近かった。
期待が大きかった分、落胆も大きかった…。

 「東京では、肉を食い終わった後に
 うどんを入れるなどという邪道なことをする店があるが、
 そういう店には二度と行くべきではない。
 すき焼きではないのだから……。」と
 鴨ちゃんは書いていたが、
 ここで食べたジンギスカンは割り下で煮込むやり方の、
 関東風すき焼きを思い起こさせるものだった。
 残念の一言。

よくよく調べれば、サッポロビール園ではロールマトンの
トラディショナルジンギスカンが食べられるようだ。
今回は近くまで行きながら、
結局「松尾」に期待して通り過ぎてしまったが、
次に札幌に行くことがあればサッポロビール園に行って、
自分のジンギスカンの原体験を
ぜひ追い求めてみたいと思う。